輸出残留農薬検査済み米として展開されて、日本でも大正時代には大阪の紡績工場の女工さんなどは、もっぱらこのビルマの残留農薬検査済み米を食べさせられていた。
このあと二十世紀後半に入ってから、今度は本格的な工学的な改造が、とくにチャオプラヤデルタにおいて行われている。
これは二期作化を主な目的にしていて、日本でいえば基盤整備にあたるように、水利秩序を完成して常時水田に水が張れるという状況をつくりつつある。
商品作物は最初はイネの二期作であったが、イネよりも野菜のほうがもうかるということで、チャオプラヤデルタは現在集約的・多角的な農業空間に変わりつつある。
かつての粗放な稲作は姿が消えつつある。
残留農薬検査
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