2014年6月アーカイブ

個別の経済統合が形成要件を満たしているか否かを検討する際には、その統合がモノの分野の統合も行なっている場合は、その点を配慮することとなった。

域内に設立された外国企業については、サービス統合協定締結以前に設立された場合は、域内企業として扱われる。

統合協定締結後設立された企業については、統合協定加盟国が関係分野において域外待遇を共通化していない場合は、域内企業扱いを拒否し得る旨規定された。

サービス貿易の自由化は制度の改廃によることが多いだけに、この経済統合規定の影響が懸念される。

欧米がこの規定のもとで域内自由化に重点を置き、グローバルな自由化を軽視したり、遅らせることを警戒しなければなるまい。

欧米における経済の地域統合が進み、その焦点がモノの貿易からサービス貿易に移る動きがみられる。

UR交渉がいつまでも決着しないと、サービスの地域統合が進展して、差別的制度を既成事実化させる恐れが強い。

協定第1部はサービス貿易を次の4つの「提供様式」(modelofdelivery)に分類している。

サービス自体の国境を越えた移動(たとえば、通信による情報やデータの移動)
サービス消費者の移動(たとえぽ、観光旅行のための人の移動)
サービス提供者(自然人)の移動(たとえば、弁護士や技術者の移動)
企業進出(commercialpresence)。

たとえば、自動車や電子機器の販売およびアフター・サービスのための支店や現地法人開設)
協定第5条は、最恵国待遇の例外として、「経済統合」を認めている。

すなわち、協定加盟国の一部が、約束表に示された以上の高度の貿易自由化を相互に行なう協定を締結したり、それに参加することを認めた。

ただし、その協定は、サービス分野の実質的な部分を包含すること、域外国に対する障壁を高めないことなどの要件を満たすことが要求されている。

どの国も自国の競争力が強い分野は適用範囲に加えて自由化を進め、自国が弱い分野は適用除外にしたり、自国の約束からはずすことを望むのがつねである。

しかし特定国のわがままを認めては国際協定は成立し得ない。

したがって、協定作成交渉では、適用範囲の問題を後回しにして、概念づくりを優先した。

協定第1部は、「この協定でいうサービスとはいかなる分野におけるサービスをも包含する」と規定した。

ただし、政府の機能の行使によって供給されるサービスは除かれる。

政府の機能は貿易や自由化の対象となりにくいからである。

他方、「協定の対象となる加盟国の措置」は、「中央および地方政府やその機関がとる措置および政府から委託された権限を代行する非政府団体の措置である」と定義された。

サービス貿易一般協定はほとんどのサービスを包含する。

しかし、サービスのすべてがただちに国際貿易の対象となるのではない。

世界の経済社会の相互依存が深化するにつれ、また自由化が進むにつれて、多くの分野でサービス貿易が増大し、協定の実質的適用範囲が拡大するであろう。

現在、途上国であるか否かを客観的に判断する慣行はない。

ガットの貿易開発委員会はこの判定ができることになっているが、一国の地位の認定は当該国にとって重大事であるため、これを避けている。

したがって、途上国であるか否かは自己申告によっている。

その結果、スペイソはその申し立てによってEC加入までは途上国として扱われた。

隣国のポルトガルはスペイソよりはるかに生活水準が低い。

しかし、政治的な理由で途上国であると申し立てなかったため、先進国として扱われた。

ギリシアはEC加入とともに先進国に衣替えした。

ECが先進国の扱いを受けているからである。

先進国は、GSP受益国決定に当たって、「途上国としての立候補が自由なら、そのなかから受益国を選択するのも自由である」との立場を取った。

そのため各国のGSP受益国リストに若干の相違がある。

韓国、台湾およびシソガポールは日本のGSP受益国であるが、他の先進国では受益国に入れられていない場合が多い。

東京ラウンドでは、このために途上国と先進国との間の交渉が複雑化した。

東京ラウンド開始に当たって、ガット事務局は途上国の交渉に技術援助を与える特別援助班を新設した。

これはラウンド終了後の1980年に技術協力部に昇格し、恒久化された。

これに対しUNCTAD事務局は、東京ラウンド交渉中、ガットに対決姿勢を取った。

GSP承認の付帯条件を無視し、GSPの特恵マージソを減少させるとして最恵国関税率の引下げに反対した。

また、交渉の成果を査定し、東京ラウンドは途上国にとって損失であったとの結論を出した。

その算出に当たってGSPを恒久的とみなし、その効果を過大評価する統計処理を行った。

最恵国の関税率の引下げの結果特恵マージンが減少した場合、たとえそれは途上国が望んで獲得したものであっても、すべて損失として計上したのであった。

東京ラウンド交渉で、途上国は、拘束力はあるが無差別に適用される最恵国ベースの関税交渉をするか、拘束力がなく不安定ではあるが途上国にのみ適用されるGSP関税率の引下げ交渉をするかを選択する必要があった。

たとえぽ、次の場合は、最恵国ベースでの関税引下げが途上国にとって望ましいと考えられた。

(イ)GSPの適用が、米国やECにおけるように毎年大幅に変更されるので、安定性が薄い場合。

(ロ)途上国が当該品目の輸出にすでに大きなシェアをもっている場合。

(ハ)当該品目が先進国の国内産品と競合して要注意の扱いを受けている場合(この場合、無償であるGSPの供与または改善を期待できない)。

(ニ)最恵国関税率がすでに低い場合(特恵の余地も少ないので、特恵交渉は意味が薄い)。

1974年には東京ラウンド交渉が開始された。

99の参加国中70力国は途上国であった。

ラウンド開始を告げる東京宣言は、GSPの維持と改善も途上国の要求で交渉目標の1つとして掲げた。

ガットは貿易障壁の全廃を究極の目的としている。

したがって、GSPのような特恵は、関税が有税で残っている間の暫定措置と考えられていた。

無税となれば特恵を与える余地がなくなる。

したがって、ガットはGSPを承認するに当たって、rGSPの存在が最恵国ベースでの関税撤廃の妨げになってはならない」という付帯条件を付けた。

特恵を既得権とみて、特恵を残すために関税撤廃に反対する動きが出ることが懸念されたためである。

ガット交渉で交換される最恵国関税率の譲許は対価の交換をともなう。

その代わり、譲許供与国はそれを維持する義務を負う。

先進国はGSPを途上国になんらの対価も求めず無償で供与した。

その代わりに、先進国はGSPの適用を変更または停止する権利を留保した。

したがってGSPには、最恵国関税率の譲許に与えられているような安定性が法的に与えられていない。

第1回UNCTAD総会に提出された「プレビッシュ報告」でいわれているように、GSPは競争力の弱い途上国産品の輸出を助けることを目的としている。

したがって、競争力のついた産品は、適用から除外されたり、適用を輸入枠で制限されたりしている。

発展段階が高くなった国を一定の基準を用いて受益国リストから除外する国も多い。

1968年にUNCTAD第2回総会が開催された。

その成果は、先進国が途上国一般に与える特恵関税(GSP)について合意したことであった。

EC諸国がアフリカなどの旧植民地から得ている逆特恵を返上することを約束したため、米国が反対から賛成に回ったことが合意の形成を助けた。

1971年にガットはGSPにウエー・ミー(義務免除)を与えて承認し、多数の先進国がこの制度を採用した。

しかし、米国のGSP採用は、ECや日本より4年半位遅れた1975年まで待たなけれぽならなかった。

現在、先進国の大部分は、GSP制度の枠内で後発途上国(least-developeddevelopingcountries)に一般特恵よりよい関税待遇を与えている。

ガットは後発途上国小委員会を設立して、後発途上国の貿易問題を取り扱っている。

多くの後発途上国がガット未加盟であることを考慮して、この小委員会にはガット未加盟の後発途上国もメンバーになれるようにしてある。

その場合、内国民待遇を供与するだけでは不十分で、既存の制度から貿易障害効果を排除し、国内規制を緩和する交渉が行なわれてきた。

また、手続きや規格のような場合は、個々の市場開放交渉よりも無差別の実効をあげやすい国際標準化交渉が行なわれてきた。

たとえば、苦情の原因が輸入手続の繁雑さにあった場合、これは貿易の障害になるとして交渉の対象にされてきた。

東京ラウンド交渉でできた輸入ライセンス協定および通称スタンダード・コードと呼ばれる貿易の技術的障害協定は、輸入の手続きや規格の国際標準化を図っている。

世界経済の相互依存が深化するに従って、このような制度の調和を図る国際協定が増えるであろう。

制度の標準化(standardization)および調和(harmonization)は、内国民待遇の内容の均衡を図るために、次第に多くなっている。

妥当な事項については標準化ないし調和をできるだけ進めることがいまや国際常識となりつつある。

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